アイドルマスターsideM(以下sideM)は挫折の物語としての側面がある。

sideMシリーズのキャッチコピーは「理由あってアイドル」だ。場合によっては”現職”のアイドルもいるが、基本的にはなんらかの前職を持ち、それぞれの理由があってジョブチェンジした過去を持つ。そのためにジョブチェンジせざるをえなかったバックストーリーを持つアイドルも多い。

例えば元公務員ユニット「FRAME」の木村龍は、昔からの憧れだった消防士になったが自身の不運体質が原因が事故に繋がりかねないことから退職。それでも消防士の夢を諦めきれず、アイドルとして「一日消防署長」を目指している。和風ユニット「彩」の華村翔真は、中学生のときに歌舞伎に魅了されその世界に入ったが、歌舞伎役者の家の生まれでない彼は主役を得ることができないことからアイドルに転身した。

多種多様な”しんどさ”が背景にあるsideM

この世界にはしんどいことがたくさんある。家族や友人知人関係、怪我や病気、仕事やお金。そういったものの中に「強い男を至上とする社会システム」が入ってくることがある。例えば「CafeParade」の水嶋咲はかわいいものが好きでかわいい格好がしたいがために女性服を好んで着ている。しかし彼の父親は”男らしさ”を求めて、そういった趣味を許してくれそうにはない。だから彼は家族に秘密でアイドル活動をしている。

もちろんこれはsideMで語られる”世界のしんどさ”の一部でしかない。ただ、そういった周囲からの要求、期待、強制から逸脱した人たちが一度挫折し、しかし諦めないためにアイドルになる話がsideMでは多く語られている。それはやはり「理由あってアイドル」というキャッチコピーがあるからだと思う。

2020年代の人物として生まれたC.First

ところでsideMは2021年10月6日に新しいアプリゲームがリリースされ、その際新ユニットの「C.First(クラスファースト)」が追加された。「C.First」のコンセプトは「生徒会長」。バラバラな学校の有名生徒会長(?と思っても流してほしい)3人がユニットを組んでいる。彼らもまたぞれぞれの挫折の物語があった。それが彼らのエピソードゼロで語られている。

つい先日「C.First」のメンバーである眉見鋭心について語られたエピソードゼロが更新された。

これまでもたびたび、プロデューサー(sideMのプレイヤーネーム)の要求どおりに動くと宣言したり、周囲の期待に沿っているかどうかを確認するなどの様子が端々に見られたが、エピソードゼロではその理由が語られていた。

以下はその主観を交えた要約になる。

<aside> 💬 有名な俳優を両親にする鋭心は、おそらく体格にも恵まれ運動もでき、学業もよく、優秀な生徒だった。中学生の彼は、校内でいじめなどの素行不良生徒を見かけると文字通り拳での鉄拳制裁を行い、相手の生徒に怪我を負わせたこともある。鋭心は教師や両親がそのことに深く触れないのは自分が正しいからだと信じていた。しかしある夜、両親が怪我をした生徒の家に謝罪を入れていたこと、相手の家が大事にはしたくないと伝えていたこと、そして両親が鋭心を好きにさせていたのは生まれずに亡くなった弟の存在への後悔から、健康に生きている鋭心には自由に好きなことをして生きてほしいと願っていたことを知る。信じていた自らの正義がどこにも無かったことを知った鋭心は、それ以降他人のために生き、周囲の期待通りに動くことを自らに誓った。

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sideMとして新しい試みの人物像

この過去を持つ眉見鋭心の存在は、sideMに於いてある意味新しい試みだと思える。

前述した他のアイドルたちの「理由あって」を含めて、sideMの物語の中で父権社会は自分を貫こうとすると逸脱してしまう、違和感を覚える、あるいは外因があってそこから弾き出された、アイドルたちを拒む対象としての存在だった。

しかし眉見鋭心は富も名声もある俳優、眉見征一郎の一人息子(あるいは長男)であり、学業を修め、五体満足で恵まれた体を持ち、賢く、もうぶっちゃけ父権社会のトップオブトップだ。現代日本で得られる特権のすべてを手にすることができる立場だ。そんな彼が自分を正義と信じて疑わなかったのは当然のことのように思われる。

眉見鋭心は今までアイドルたちを(が)拒んでいた父権社会の中に存在し、”事故”がなければそこから逸脱することはなかっただろう。だが”事故”は起きた。彼の幸福(もしくは不幸)は今まで信じていた正義が特権の元に成り立っていたものだと理解できるほど賢く、それを間違いだと思うほど実直だったことだ。

何もわからなくなった理由

その後の物語はこのように続く。

<aside> 💬

他人のために生きることを決めた鋭心。だが、彼が悩んでいることを見て取っていた祖母は病床で彼のその現在の生き方を心配し、「たとえ間違えてもあなたのことを愛している。幸せを願っている」「自分のやりたいと思うことをしなさい」と告げる。鋭心は「もう自分が何もわからない」と涙をこぼした。彼の苦悩を理解してくれた祖母は、その後病状が悪化し、息を引き取った。

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